サイコパス

Posted on, by | 4月 13, 2011 | | No Comments

「サイコパス」と呼ばれる人間をご存知だろうか?
などと唐突に始めてはみたが、そもそも「サイコパス」とは何か?
ご存知の方も多いとは思うが、簡単に言うと「良心を持ってない人間」とでも言おうか…
「サイコパスってなに?」「興味ある!」という方はウィキペディアやこちらのサイトを見て頂くとして…
http://www.psy-nd.info/

このところやたらと「サイコパス」という言葉が頭に浮かんでくるのである。
もともと、この名称自体は随分昔から小説や映画で目にすることもあったのだが、現実感が薄く、特に気にすることもなかった。が、貴志祐介さんの「黒い家」という小説を読んだ時に心底恐ろしいと思ってしまった。実に平凡な日常が舞台となっているせいもあり、一気に現実味が増したのかもしれない。その著書内に登場するサイコパスは「この人間には心がない」といった表現をされているのだが、当時、その「心がない」という表現が妙に印象的で、自分なりにサイコパスについていろいろと調べてみた。そして、そういった人格障害が現実に多く存在することに驚愕したのを覚えている。
映画や小説の中だけの話だと思っていたことが、さほど珍しくもなく日常に転がっているかもしれないというのは、考えただけでも戦慄するではないか!
まあ、とにかく、自分の中ではただ漠然と「めちゃめちゃ悪人」という捉え方をしていた犯罪者たちーーー世界的に有名になる程の犯罪者や、様々な映画に描かれるあり得ない程の狂気を纏った人物たちーーーに、初めて正式な名称が与えられた、衝撃的な瞬間であった訳だ。

さあ、それからというもの、私のサイコパスへの興味は尽きることがない。
では、私が実際に「サイコパス」なる存在を認識したのはいつだっただろうか…
サイコパスの何たるかを理解した瞬間に、確実に一人思い当たる人間がいた。と同時に、今までその人物に対して抱いていた違和感の正体が分かった気がした。結果どうしたか…「なるほどねぇ?…じゃあ、しょうがないか^^;」である。
そして現在、思い当たる人間が2人いる。どうしようか…もちろん「じゃあ、しょうがないか^^;」であるwww
私にとって、サイコパスという存在を明確に認識することは、「諦める」ということと同義だったようだ。

さて、ここで話を元に戻してみよう。
『このところやたらと「サイコパス」という言葉が頭に浮かんでくるのである』このことだ。
実のところ、私はあるひとつの仮説を立てている。「サイコパス」とは人類の進化に於ける一過程ではないのか?と。
例えば、昆虫を例にとって考えてみよう。あれらは非常にシステマティックにできている。「種の保存」という絶対的な目的の為にのみ存在し、そこには感情の欠片もない。そしてそのことが目的を達成するにあたって、どれだけ有利に働くことか…。では菌類はどうか?あれらもまた然り。
つまり、何が言いたいかというと、今後、地球の環境が劣悪になっていき、今までのように人類が生存するのが難しくなる時代が来るかもしれない。その時に向けて「種の保存」という絶対目的をより確実に達成するために感情が排除されたニュータイプが生まれてきているのではないだろうか…ということである。

と、ここまでつきあって下さった方々、ありがとう!そして申し訳ありません:;根拠は全くない!!

日本を襲った未曾有の大災害、続く原発問題、被災した方々への心配…日本の、そして地球の未来を憂うあまり、ついついけしからん妄想を抱くのもまた人間というもの。きっと、私はサイコパスではないのだなぁ。

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