yuji arai aka brave-b

Posted on, by | 3月 18, 2011 | | No Comments

ポップグラフィティーアート NY
ニュークラッシュ モダニズム(近代社会派モダンアート) PARIS、東京

■略歴
1964年 3月生まれ 東京・品川・LA 

1980年 LA・品川区ストリートでスプレイグラフティーを描きはじめる。
壁画の本場NY、LAで活動しながら独自のグラフティー技法を完成。筆とスプレイによる彼の新しい描画法はポップミクストメディアと名付けられた。
マンハッタンのキースヘリング、バスキアなどビックアーティストとともにアート活動、個展を開催。また、ストリート街ではストリートボーミング(街への爆撃)の異名をとる壁画の制作活動を行う。当時のNYではアーティストが活発に活動していたが、まだボーミングする活動的なアーティストは少なかった。 現在、ボーミングは世界中に広まり、東京でもそれを真似た若者の増加で「落書き禁止」の言葉が頻繁に聞かれる時代になった。

1985年 壁画のある世界の都市へ旅に出る。
メキシコをはじめ、フロリダ、カナダ、ニューヨーク、シカゴ、デトロイト、ロンドン、パリ、スペイン、バリ、タイ、ホンコンなど、彼は世界各地で様々な壁画を創作した。そのころから彼の壁画アーティストとしての名前「アライ」は世界に浸透して行った。壁画のテーマに「人」そして街や各地域のストリートカルチャーを据え、彼独自のイメージがそこで展開された。ストリートの若者達は、アートを通し将来どう生き抜いていくべきかテーマにする──現代思想と現実が交互に不安を駆り立てる社会感からの離脱。

1985年 本格的なグラフティーアート制作のためNY・マンハッタンに3年間移住。
当時、彼の創作に必要な大きなビルの壁画はNYにしかなかった。しかし、彼の壁画の色に最も影響を与えたのはフランスとスペインだった。
1987年から1992年の間、彼はNYに住みながら壁画創作のため東京とアメリカを行き来することになる。
NYでは「ニューヨークブロードウエイギャラリー」で個展を繰り返し開催する。同ギャラリーで個展を開いていたアーティストはマークコスタビ、ヘンリーMケネスなど現在では有名な画家が名を連ねる場所である。次第に彼の名前はニューヨークのアートギャラリー界で知れ渡って行った。

東京ではコマーシャルアートワークが次々に舞い込む。グラフィティー(壁画広告)をはじめ、カフェやダンスクラブ店鋪内装、デパートディスプレイを手掛け、数々の作品を壁画アートとして公開。コマーシャルアートを世界に確立させた。
ただ、コマーシャルアートもギャラリー、美術館のアートも彼にとっては彼独自のアートに変わりなかった。むしろ彼のアート技法が、その双方の社会概念の感性を重ねつつも打ち破ったのだ。スプレイ缶、ブラシ1本が人々のアートの固定観念を変えたのかも知れない。

ファッションでは、ヨウジ山本、菊池武夫のテキスタイルアートを手がける。壁画技術をつかったファッションショーでのステージアートなど日本初のファッションとアートの融合したエンターテーメントを確立した。

1987年 パリで本格的な思想を持ったテーマによる個展を公開。
性、生、裸体とテーマは変化し、それらの作品のテーマの中身は、人一人の人生観をどう生き抜いて行くか。生きていくべきか?を共感させられる。
現代、モダンなアート創作をテーマコンセプトにガッシュ、油、アクリル、スプレイ缶をミックスした様々な作品を本格的に公開。パリでもこのミクストメディア的な画法は絶賛されることになる。世界の壁画の歴史(技法、発想)を新しく認識させた独学の画家の異名を得る。

スプレイ缶を使った彼の絵画の技法は、そのころの美術界では異端の存在だった。作品の中にスプレイで描かれたモナリザは、ルーブル美術館キュレターMポールやフランス貴族の国選パトロン達の目にとまる題材となった。その中でもビクトワ・シュマンベルジェ(女性)は彼のアートのファンになる。
ヴァン・ゴッホやマティスが南フランスに大変魅せられたように、太陽の下での生活は若い画家に生命を吹き込み、彼の色は愛や幸福を表現するようになる。
キャンバスにあふれる彼の色彩や線美は力、優美さ、そして最も彼が好む優雅な創造、その中の静けさと自然に焦点が合わせられて行く。
パリの美術界は彼のアートをグラフィティーアートから壁画モダンアートと名を変えて公開するようになる。

2003年 フランスパリで7(seven:sept:セト)アンパスギャラリーの設立に参加。
フランスパリでセトアンパスギャラリーではパリのアーティストをはじめ世界各国からアーティストが集まり、アートエキスポを展開している。総勢50人をこえるアーティスト達は、彼の新鮮かつ繊細な技法を追い抜かんばかりに活発な創作活動を続けている。
また2003年末、彼は2005年に愛知県で開催される世界博覧会のアートデコレーションのプロデューサーに就任。世界の新しいアーティストを日本に招き、アートを展示するプロジェクトを立ち上げた。愛地球博覧会会場西ゲート演出である。万博では世界初となるグラフィティーアートの展示で進化したアート展示を実現128日間に及び、2600万人の人々が彼らのアートゲート作品に魅了された。

2007年 1993年からデジタルプリントを研究、CGデザインとアート・ペインティングを融合させた、デジタル新色を創作する。
アクリル水彩色と、デジタルプリント色の融合が新しい当時の、印刷色に変化を与えた。
ブラックライトで輝る蛍光パステルカラーは、見る人々に驚きと、色の新しい感情と完成度を証明した。

現代のデジタルカラーの表現を、CG・プログラムを使い、CG静止画と映像をミックスしたテクノアートを確立させる。

ニューポップモダンアートを、先にポップアート、デジタルアート、グラフィティーアートなど、1980年以降の新現代アーティストの作品の場とマーケットを主題に、モダン二ズムをテーマコンセプトに美術構想を立てる。

彼のアートはいつの時代にもストリートの人々を魅了する。繊細で大胆な画法、そして自然とゆとりのあるテーマは多くの人々に夢と希望、生きる力を与えてくれる。彼の絵画は現代に生きる我々に、未来を生き抜く智恵と勇気と希望を与えてくれる。

彼の壁画作品は2004年現在、東京代官山のクラブエアーやケンブリッジブリッジ大学モダンアート・ギャラリー、また、NY、マサチュウセッツ、そしてフランスパリのセトアンパス(777)ギャラリー(旧ピエールカルダン本社跡地)でも見ることができる。

2011年現在。ルーブル美術館、EXPO企画:モナリザ・リバース:プロジェクトのため、モナリザの消息実在のモデリングアートチームに参加中であるとともに、イタリア、パリ、ルーマニアからの芸術大学及び第2のモナリザが発見されたモナリザ・セカンド(イタリア・フィレンツエ美術館)の日本での展覧会実現へ向かい奮闘中。実現されればこのEXPOは日本全国から100万人を超える人々が第2のモナリザを見に来る大型のEXPOになる。

アーティストmail araibb@aol.com

Project
NPO NJAPA(新日本芸術振興協会)

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