プジョーでペリエで

Posted on, by | 4月 1, 2000 | | No Comments

 もうほんっっっと、やってらんない!

 この寒いのに、プジョーの屋根は開いている。住宅の密集する下り坂を、時速120キロで突っ走る。

 無知だの軽薄だの浅はかだの、要するに私が女だから!

 リコの首の青いスカーフが激しくはためく。リコの細い腕がステアーを切る。リコの黒いハイヒールが、アクセルを全開に踏みつける。

 だってそうでしょう?!あんなに私が走り回って作った企画よ?!マーケットも、アポも、スポンサーも、どこにも穴はなかったわ!あいつら、私が女だから、上に行かれちゃ困るのよ!だから裏で手回しして……

 ウィールが叫ぶ。赤信号を突っ切って、左右からクラクションが交差する。迫り来るレンガ塀、フェンス、ガードレール。リコの短いスカートは、腿の間のほんの先端だけがはためいている。

 だから男はだめなのよ!いつもはいがみ合ってるくせに、こういうときだけ仲間意識働かせて、束になって、蹴落として、そうしないと一人の女にも対抗できないのよ、弱くて、ずるくて、からっぽだから!

「ああ」見上げると、空は色の薄い青だった。太陽は白くまぶしく、吹き抜ける風は冷たく乾いている。リコがアクセルから足を外した。

 ねえユウジ、男はみんな殺しちゃおう?このままじゃ、世界がだめになっちゃう。戦争も、破壊も、男がいると、なくならないのよ。だから、ね、そうしよう?男はあなただけでいいわ。あなたは権力に無関心だもの。ね、そうしよう?でないと、私が死ななくちゃいけない。私が死なないと……

「ああ」僕はひどく疲れていた。

 どうしてこんなことになってしまったのか?

 僕は最良の小説を書くために生きているはずだった。それがどうだ。僕は自分の編集担当者であるリコに、こうしてプジョーで連れ回されている。
 リコは僕の小説を認めた初めての編集者だった。嬉しかった。人に認められたということはもちろんだが、書くことが仕事になる、つまり、自分の目標を目指すことが、そのまま金銭に繋がる、それが嬉しかった。もう、生活費を稼ぐためだけの時間はいらない、自分のやりたいことだけをやればいい、そのはずだった。

 だが現実は違った。いや、少しずつ食い違って行った。

 リコは僕の部屋に何度も足を運ぶうち、仕事をする目とは違う目を見せ始めた。惚れた男を見る女の目だ。僕は自分を控えめな判断をする人間だと思うが、その僕にもはっきりそうだと思わせるほど、リコの目は露骨だった。
 リコはいい女だ。背は高く、スタイルもいい。顔は整っているし、声もセクシーだ。仕事も上手い。だが、その性格は受け入れられない。あまりにわがままな性格だ。
 わがままな女が好きな男は、おそらく星の数ほどいるだろう。だが、僕はだめだ。僕は小説が書きたくて生きている。僕が書きたいときにいなくなれない女は、だめなんだ。嫌な顔もせずに席を外すような、気分よく書かせてくれる女じゃないと、だめなんだ。
 だから僕はリコの告白を断った。たとえ仕事が切れたとしても、リコに毎日振り回されるよりは、はるかにましだ。
 リコは言った。「でも、私がユウジの小説を認めることに変わりはないわ。だから、もし嫌じゃなかったら、これからも私に担当させて欲しいの、いいでしょ?お願い」もちろん僕はうなずいた。
 僕の初めての連載が終わった日、リコはワインを両手に僕の部屋にやって来た。「お疲れさま」二人でグラスを合わせ、興奮気味に話し込み、ハイペースでワインを空けた。その後は、よくあるパターンだ。
 だが、リコはそれを楯に交際を迫ったりはしなかった。それどころか、目が覚めると、当たり前のように服を着て、仕事のときの目で「じゃ、GUSTANKの原稿、明後日に取りに来るから」と言って帰って行った。

 本当にいい女だ、そう思った。
 だが、いい女は、頭もいいらしかった。

 それからリコは仕事の目でやって来ては「エロスは実際に体験しないと上手く書けないのよ」と言ってまたがり、またあるときは「芸術家はモラルの中にじゃない、欲望と感覚の中にいるべきよ」と言ってペニスを擦った。
 そして僕はそれに応えた。負けた、とは言わない。自ら応えた。リコは間違いなくいい女だ、欲情しないほうがどうかしている。

 やがて、頭のいい女リコは、僕の承諾を得ずして、実質的な、彼女になった。

続きは木戸隆行公式サイトLOGOSで

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